手塚+裕太



「手塚さん!」


最近よく一緒に出かけるようになった少年。
感情表現が豊かで考えていることがすぐ顔に出る。
何事にもひたむきで一生懸命な彼。

自分にないものを持っているせいか強く惹きつけられている…


「裕太」


思えば自分が名前で呼んでいる人物は何人いるのだろう。
兄のこともあるせいか裕太のことを不二と呼ぶ奴はそういない。
反対に不二のことを周助と呼ぶ奴も見たことがない。
幼馴染といわれる六角の選手も不二と呼んでいた。
乾と柳でさえ名前で呼び合うのに…
おそらく不二を違う名前で呼べるのは家族のものだけなのだろう…



「手塚さん?」
「どうした?」
「え?あ…手塚さんが少し難しそうな顔をしていたから…
やっぱ最近俺が調子に乗りすぎて手塚さんを振り回してるからですね。
手塚さんだって忙しいのに…ごめんなさい。」


何を言っているのだろう
迷惑なんて感じたことはない
むしろ一緒にいるだけで楽しくなれる。
ただそれが顔に出ないだけだ。
微笑んでやれば少しは安心するだろうが…
笑うというのはどういう風に表情を作ったらいいのかわからない。


「!」


頭をぽんぽんと軽くたたいてやる
最初驚いていた彼は少し照れながらニカリと笑った。

「ちょっと子ども扱いされるみたいで恥ずかしいんですけど、
手塚さんもこういう事するのが好きなんですね。
俺も気持ちいいんですけど…」

ひよこか子犬を触っているような感覚
言うと怒られそうだがかわいいと思えてしまう。
少し気になったことが有るので思わず口にする。


「ほかにもこういうことをする人がいるのか?」

「あ、え〜と。赤澤部長とか…」
あいつか…まぁ、部長が部員をかわいく思う気持ちはわからなくはない…
「跡部さんとか…」
跡部が!?ま…まぁかわいがれる後輩がいないという点ではわかってやれなくもないが…
鳳はでかいし日吉などなでられるわけないし…
「忍足さんとか、向日さんとか、鳳とか、橘さんとか、神尾に伊武に、千石さん。
大石さんや乾さんや…」

律儀に一人一人上げていく彼。
最初は心の中で突っ込みを入れていたがだんだん気力もなくなる。

「あと真田さんに…」
「わ…わかった」
「……」
なんだかわからないがひどく疲れた気がする。
今上げられたメンバーが自分のような気持ちを持っていたとしたらたまらない。

「や、やっぱり手塚さん調子が悪いんですね」
裕太が慌てて自分を覗き込む
今悪くなりましたとはさすがにいえない。
「と。とりあえず家で休みましょう。
ここからなら手塚さんの家より家のほうが近いから…」
「あぁ…」



「…ただいま…」
「おじゃまします。」

何度も来たことがある家
だが彼の兄に用が合ってよったことがあるだけ。
彼とともにくるのは初めてだ。

「よかった。誰もいない。」
同感だなと思わず苦笑してしまう。
別に悪いことをしているわけでも隠さなければいけないことをしているわけでもない。
ただやはり不二には会いたくないわけで、自然とこの家に寄り付くのを避けていたのだろう。

「じゃあちょっとここで休んでいてくださいね。何か飲むものを持ってきます。」
「ああ…」
通されたのは裕太の部屋。
不二家には何度も来たことは有るが、初めての場所だ。
シンプルで綺麗に片付いた部屋。
だがやはりなんとなく違和感は感じる。
『ここに不二裕太は住んでいません。』という現実をたたきつけられるようで…
不二はどんな思い出この部屋を見るのだろう…と


「すみません。今こんなものしかなくて…」
しばらくして裕太が紅茶とヨーグルトを小皿に分けてもって来た。
「悪いな。気を使わせて。」

部屋の主が戻ると先ほどとは打って変わって時が流れはじめた。
裕太が帰省しているときは何かと理由をつけて早く家に帰りたがる不二の気持ちがわ刈る気がした。

ふと視線を感じて顔を上げるとちょっとてれ気味な裕太と目が合った。
「なんかこうやって手塚さんと同じものを食べてるとちょっと手塚さんに近づいたみたいですね。
あ、もちろん俺の勝手な思い込みなんですけどね。」


『裕太が君を尊敬しているみたいなんだ。もしよかったら会ってやってよ』


「そうだな」
想いは少し違うかもしれないが、こういうのは悪くないと思う…